【解説】 イランのソレイマニ司令官殺害 なぜ今でこれからどうなるのか

ジョナサン・マーカス、BBC防衛外交担当編集委員

Qassem Soleimani stands at the frontline during offensive operations against Islamic State militants in the town of Tal Ksaiba in Salahuddin province

画像提供, Reuters

画像説明, 「イスラム国」との戦闘の前線に立つソレイマニ司令官(イラク・サラハディン州で)

イラン革命防衛隊の精鋭コッズ部隊を長年指揮してきたカセム・ソレイマニ司令官をアメリカが殺害したことによって、これまで低強度で推移してきた両国の対立は劇的に悪化した。その余波はきわめて深刻なものになり得る(文中敬称略)。

報復が予想される。攻撃と反撃の連鎖で、両国は直接対決に近づく可能性がある。イラクにおけるアメリカ政府の将来にも疑問符がつくようになる。そして、中東におけるドナルド・トランプ米大統領の戦略は、もし戦略があるのならば、かつてないほど試されることになる。

オバマ前政権でホワイトハウスの中東・ペルシャ湾政策を調整していたフィリップ・ゴードンは、ソレイマニ殺害はアメリカからイランへの「宣戦布告」のようなものだと言う。

コッズ部隊は、革命防衛隊の海外作戦を担当する。レバノン、イラク、シリアと場所を問わず、攻撃を計画したり現地の親イラン派を後押ししたりして、イランの影響力拡大を推進した。その中心に長年いた立役者こそ、ソレイマニだった。

Burning debris outside Baghdad International Airport

画像提供, Reuters

画像説明, バグダッド国際空港の外で燃える残骸

米政府からすれば、ソレイマニは大勢のアメリカ人を死なせてきた、血染めの張本人だった。しかし、イランでは人気があった。そして、実務の上では、アメリカによる制裁や圧力に対抗するイランの反撃を主導してきた存在だった。

それだけに、トランプ大統領がソレイマニ司令官を攻撃の視野に入れていたことよりも、今というタイミングを選んだことが何より予想外だった。

<関連記事>

確かに、このところイラク国内の米軍基地に対して相次いだ低強度の砲撃を、アメリカはイランの仕業だと非難していた。アメリカの民間請負業者からは死者が1人出た。しかしそれより先に昨年続いたオマーン湾でのタンカー攻撃米偵察ドローンの撃墜などのイランの行動に対して、ひいてはサウジアラビアの主要石油施設攻撃に対しても、アメリカは直接の反撃には出なかった。

イラク国内の米軍基地に対する砲撃については、米国防総省(ペンタゴン)はすでに、その背後にいたと思われる親イラン武装勢力に反撃している。それが、バグダッドの米大使館が襲撃された背景にあるとみられる。

ソレイマニ殺害の決定を説明するにあたり、国防総省はその過去の行動を強調するだけでなく、今回の空爆による殺害は抑止的行動だったのだと力説した。司令官が「イラクと中東全域で、米外交官や軍関係者への攻撃計画を積極的に策定していた」のだと。

この次どうなるのかが大問題だ。トランプ大統領は今回の劇的な一手によって、イランをしり込みさせるほかに、アメリカに疑心暗鬼を募らせるイスラエルやサウジアラビアなど中東の同盟諸国に向かって、アメリカの抑止力はまだ効くのだと証明してみせたと、一石二鳥を期待しているだろう。しかし、たとえ直ちにではないとしても、イランが強力な反撃に打って出ないなど考えがたい。

Mike Pence addresses troops in Iraq

画像提供, Reuters

画像説明, イランは報復として、イラク駐留米軍を狙うだろうか

イラクに駐留する米兵5000人は言うまでもなく、分かりやすい標的になり得る。イランやその代理勢力が過去に攻撃したのと同種の標的もそうだ。湾岸地域は否応なく緊迫する。ソレイマニ殺害直後の反応が原油価格急騰だったのは無理もない。

アメリカと同盟諸国は、防衛体制を強化するだろう。米政府はすでに在バグダッド大使館の警備を増強している。必要に応じて速やかな中東増派も計画しているだろう。

その一方で、イランの反応はある意味で非対称的なものになる可能性も同じくらいある。つまり、直接攻撃には直接攻撃で応えるのではなく。中東全域には親イラン勢力が広がっている。まさにソレイマニが後押しし、資金を提供し、作り上げてきたイランの代理勢力だ。イラン政府はその存在を活用しようとするかもしれない。

動画説明, イラン司令官殺害 イランとアメリカの関係はなぜここまで悪化した

たとえば、バグダッドのアメリカ大使館を再び襲撃するという手もある。そうすればイラク政府は追い詰められ、イラクに駐留する米軍の存在が争点になる可能性もある。あるいは、他の場所で攻撃する口実に、同じようなデモをよそで扇動するというやり方もある。

コッズ部隊の司令官空爆は、米軍の情報収集力と攻撃力を見せ付ける明確な示威行為だった。ソレイマニの死を決して悲しまない人は、中東には大勢いる。しかし、この殺害はトランプ大統領にとって最も賢明な措置だったのだろうか。

避けがたい今後の事態に、ペンタゴンはどこまで備えているのか。そして、トランプ氏の中東戦略全般のいったい何が、この攻撃から明らかになったのだろう。何か変わったのだろうか。イランによる作戦は一切容認しないという、新しい方針でもあるのか。

それとも今回の攻撃はただ単に、トランプ大統領が「とても悪い男」だと思うに違いないイランの司令官を殺害したという、それだけの行動だったのだろうか。