マクロン仏大統領、最低賃金引き上げを公約 黄色いベストの抗議行動受け
フランス全土で燃料税増税や生活費高騰などに反対する暴力的な抗議行動が続いている状況を受け、エマニュエル・マクロン仏大統領は10日夜(日本時間11日朝)にテレビ演説し、最低賃金の引き上げを発表した。増税も一部中止する。
テレビ演説でマクロン氏は暴力行為を非難する一方で、抗議者の怒りは「深く、多くの点で正当だ」とも認めた。最低賃金は1カ月あたり100ユーロ(約1万2900円)増額されるという。
また、予定されていた増税も、低額の年金で暮らす退職者について一部撤回するほか、残業代が非課税になる。また大統領は雇用主に、年末賞与を非課税で提供するよう呼びかけた。
しかしマクロン氏は、富裕層への増税復活については否定し、「それは我々を弱体化させる。雇用創出が必要だ」と説明した。
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最低賃金は最大で7%引き上げられるが、これにかかる費用は雇用者ではなく政府が負担する。
オリヴィエ・デュソプト公会計副大臣は仏テレビ局BFMTVに対し、全対策にかかる費用は合計で80億ユーロ(約1兆280億円)から100億ユーロ(約1兆2850億円)の間になるとの見込みを示した。
「微調整している途中で、財源の調達方法を検討しているところだ」とデュソプト氏は付け加えた。
マクロン氏の抗議行動に関する発言
マクロン氏はこれまで抗議行動について目立つ反応をしていなかったが、今回のテレビ演説では、生活環境に不満を持つ大勢が「自分たちの主張を聞いてもらえなかった」と感じていると認めた。
「生活環境が悪化し、公共サービスも減っている村や地域」の「窮状」が、過去40年にわたり続いていると述べた。
「社会的立場がきちんと認められてこなかった人」が大勢いると大統領は述べ、「卑怯なことに私たちは、そういう人たちがなおざりにされている状況に慣れてしまった。その人たちは忘れ去られてしまったと、そう思われても仕方がない状況だった」と認めた。
「この状況を招いた責任の一端は私にある。私はもっとほかのことを大事にしている、優先していると、そう思われたかもしれない。私の発言で傷ついた人たちがいるのも承知している」とマクロン氏は付け加えた。
元銀行員のマクロン氏はこれまで、国民の暮らしぶりを分かっていない、一般国民の苦しみに耳を傾けていないと非難されてきた。
自分のこうしたイメージを変えようと、マクロン氏は10日、フランス全地域圏(州に相当)の地域圏議長と会談し、「これまでにない議論」を促すと約束した。
「移民の問題にも取り組まなければならない」と付け加えたマクロン氏は、「気候変動や他の課題を考慮するための変化」を起こすため一致団結しようとも国民に呼びかけた。
反応は
仏全土で起きている「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」抗議行動の中心人物の1人、バンジャマン・コシー氏は仏テレビ局フランス2に対し、「どれも中途半端な対策だ。マクロンにできることはもっとたくさんある」と述べ、マクロン氏の演説をはねつけた。
野党も批判的だ。野党・左翼党のジャン=リュック・メランション党首は、抗議行動の継続を期待すると述べた。右派・共和党のエリック・ヴェルト氏は、マクロン氏の対案を「短期的」解決策と表現したほか、極右政党・国民戦線のマリーヌ・ル・ペン党首は、マクロン氏は自分が重ねてきた失敗の一部に言及したに過ぎないと批判した。
一方、反人種差別NGO団体「SOSレイシズム」は仏紙ル・フィガロに対し、マクロン氏の移民関連発言に懸念を抱いたと述べた。
「ジレ・ジョーヌ」抗議行動とは
フランスでは、全車両が視認性の高い蛍光黄色の服を搭載するよう法律で義務付けられている。この黄色のベストを着た人たちが道路で抗議をしているため、抗議行動は「ジレ・ジョーヌ」と呼ばれる。このベストを着て路上に出るよう人々に促すソーシャルメディア上での運動をきっかけに、抗議行動は広まった。
「ジレ・ジョーヌ」運動は、ディーゼル燃料への税金増税に反対する動きとして始まった。フランスにはディーゼル燃料を使う車が多い。またディーゼル燃料は、他種の燃料に比べて税率が低い状態が続いていた。
化石燃料への増税は、再生可能エネルギー投資の財源として必要だと、マクロン氏は述べている。
しかし、他の問題をめぐっても抗議が起きている。抗議者は賃上げ、減税、年金増加、大学入学要件の引き下げなどを求めている。
一連の抗議は、経済的な不満や低所得世帯の政治的不信を浮き彫りにすることを主な目的としており、支援の声もいまだに広がりをみせている。
抗議行動の推移
- 11月17日:参加者28万2000人 死者1人、負傷者409人 73人が拘束
- 11月24日:参加者16万6000人 負傷者84人 307人が拘束
- 12月1日:参加者13万6000人 負傷者263人 630人が拘束
- 12月8日:参加者12万5000人 負傷者118人 1220人が拘束
マクロン氏に「選択肢はなかった」――ヒュー・スコフィールド BBCパリ特派員
抗議者は、政治家の公約以上のものを求めていた。具体的な対策、懐に入る現金、貧困にあえぐ日々で目に見える変化――そうしたものを、抗議する人たちは求めていた。
マクロン大統領は、自分が何を言われているのか、理解した。実際のところ、マクロン氏に選択肢はなかった。未来の課題や国づくりの必要性について長広舌などしようものなら、「ジレ・ジョーヌ」はいら立ち、いきり立っていただろう。
そこで大統領は演説で主に、4つの単純な変化を提示した。最低賃金の引き上げ。残業代に対する税と社会保障費の免除。従業員への非課税賞与奨励。そして、年金生活者のほとんどに対する増税の撤回だ。
さらに大統領は殊勝に、遺憾の意を表明した。選挙制度変更を基盤とする新たな「全国的契約」と、地方との協議拡大も約束した。
燃料税増税の中止や、自動車通勤者への「移動」補助金など、既に発表されている譲歩もある。「ジレ・ジョーヌ」たちは突然、現代で最も成功した抗議行動の1つとなったようだ。
最初の動画をフェイスブックに投稿して4週間、「ジレ・ジョーヌ」たちはフランスの社会政策と経済政策を完全に方向転換させている。公式の要求リストさえ明示していないのに。