ロヒンギャ虐殺めぐる国際裁判始まる、アウンサンスーチー氏も出廷
国際司法裁判所(ICJ)で10日、ミャンマー軍によるイスラム系少数民族ロヒンギャに対するジェノサイド(集団虐殺)をめぐる審理が始まった。ミャンマーの事実上の指導者アウンサンスーチー国家顧問兼外相が出廷し、原告の訴えを聞いた。
仏教徒が多数を占めるミャンマーでは2017年、軍部主導のロヒンギャ掃討によって、数千人が死亡し、70万人以上が隣国バングラデシュへ逃亡した。
ミャンマー政府は、この軍事作戦は過激派の脅威に対応したものだと主張している。
ハーグの法廷に入る際、弁護できないものを弁護するのかというBBC記者の質問に、アウンサンスーチー氏は答えなかった。アウンサンスーチー氏は11日に弁論する予定。
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ノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー氏にとっては、大きな転落の日となった。軍事政権に反発し、人権の象徴とみられていたアウンサンスーチー氏だが、この日は自分を長年にわたり自宅軟禁していた軍を擁護するために法廷に立った。
この裁判では、イスラム教徒が多数を占める西アフリカの小国ガンビアが、多くのイスラム教国を代表して原告となっている。
審理は3日間にわたり、ロヒンギャ保護の一時的措置をICJが承認するかが焦点だ。ただ、ジェノサイドの認定には数年がかかるとみられている。
ミャンマーにかかる疑惑
2017年初め、ミャンマーには100万人のロヒンギャがいた。その大半は、西部ラカイン州に住んでいた。
しかしミャンマーはロヒンギャを不法移民と見なし、市民権を与えていない。
ロヒンギャは長い間迫害されていたが、2017年にはミャンマー軍がラカイン州で大規模な軍事作戦を開始した。
ガンビアがICJに提出した訴状によると、ミャンマー軍は2016年10月から2017年8月にかけ、ロヒンギャに対する「広範囲かつ組織的な一掃作戦」を実施したとされる。
この一掃作戦で、ミャンマー軍は大量殺人や強姦、「住民を閉じ込めた状態での」建物への放火などによって「ロヒンギャを集団として、全体あるいはその一部を破壊しようとした」とガンビアは主張している。
国連の事実調査団も数々の明白な証拠を見つけ、ラカイン州でのロヒンギャに対するジェノサイドについて、ミャンマー軍を調査すべきだとの結論に至った。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は8月、ミャンマーの兵士が「女性や少年少女、男性、トランスジェンダーの人々に対し、強姦や集団強姦といった暴力的かつ強制的な性行為を繰り返し、組織的に行った」とする報告書を発表している。
5月には、ラカイン州イン・ディン村でロヒンギャの男性10人を殺害した件で有罪となった兵士7人が、すでに釈放されていたことが明らかになった。
ミャンマー当局は、軍事作戦はロヒンギャの武装勢力を標的にしたものだと主張。ミャンマー軍も内部調査で問題がなかったことを発表している。
ミャンマーを訴えたのは?
ICJは国連の最高裁に当たり、原告となれるのは国家のみ。今回の裁判ではガンビアが原告だが、57カ国のイスラム教国から成るイスラム協力機構(OIC)と国際弁護団の支援を受けている。
ガンビアのアブバカル・マリー・タンバドゥ司法長官兼法相は10日の法廷で、「ガンビアが求めているのは、ミャンマーに無意味な殺人を、我々の良心にショックを与え続けている残虐行為を、国民に対する集団虐殺を止めさせることだ」と話した。
タンバドゥ氏は10月、BBCの取材に対し、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪れ、殺人や強姦、拷問について話を聞き、原告になることを決めたと話している。
スーチー氏はなぜ法廷に?
この裁判はアウンサンスーチー氏個人ではなく、ミャンマーに対するものだ。ICJは個人を裁くことはできない。
一方、国際刑事裁判所(ICC)は個人を裁くことができる。ICCはこの裁判とは別個に、ロヒンギャ虐殺について調査を進めている。
しかし今回の裁判はアウンサンスーチー氏本人にも関係がある。
アウンサンスーチー氏は、ロヒンギャに対する軍事作戦が始まる以前の2016年4月から、ミャンマーの実質的な指導者になった。軍部に対する直接の権限はないものの、国連の調査団はアウンサンスーチー氏が軍事作戦に「共謀していた」とみている。
ミャンマーの人権状況に関する国連特別報告者を務める李亮喜氏は9月、アウンサンスーチー氏に対し、「目を開いてほしい。(中略)手遅れになる前に道徳的権限を使ってほしい」と述べている。
アウンサンスーチー氏は11月、ICJでは外相として、「著名な国際弁護士ら」と共にミャンマーの弁護を行うと発表した。
裁判の行方は?
現時点では、ガンビアはICJに対し、ミャンマー国内外のロヒンギャを脅威や暴力から守る「一時的な措置」を講じるよう求めている。これは、承認されれば法的拘束力を持つ措置となる。
一方、ミャンマーがジェノサイドを行ったという判決を出すには、ICJは同国がロヒンギャの「全体あるいは一部分を破壊しようと意図していた」ことを明らかにする必要がある。
ただ、この判決には強制力がなく、アウンサンスーチー氏や軍高官らが自動的に逮捕され、起訴されるというわけではない。
しかし有罪が確定すれば国際的な制裁につながる可能性があり、ミャンマーの評判や経済に多大なダメージを与えることになる。
ロヒンギャの現在の状況は?
軍事作戦が始まって以降、数十万人のロヒンギャがミャンマーから逃亡している。
9月30日時点で、バングラデシュには91万5000人のロヒンギャ難民がいる。うち8割は2017年8~12月に到着した人たちだという。
バングラデシュは今年3月、これ以上の難民は受け入れられないと発表。8月には自主帰国スキームを立ち上げたものの、これに応じた人はいないという。
また、ロヒンギャ難民10万人をベンガル湾の小さな島に移住させる計画も立ち上がったが、39の人道支援団体や人権団体などがこれに反対した。
9月には、BBCのジョナサン・ヘッド東南アジア特派員が、ロヒンギャ住んでいた村々が破壊され、警察の官舎や政府の建物、難民キャンプがつくられていることを突き止めている。