【解説】 香港の「国家安全法」 なぜ人々をおびえさせるのか
中国が香港に対して新しい国家安全法を導入した。この新法が実際に何を意味するのか、BBCのマイケル・ブリストウ記者が詳しく説明する。
弁護士や法律の専門家たちは、中国による「香港国家安全維持法」(国安法)は香港の法制度を根本的に変えるだろうと指摘している。
この法は複数の行為を犯罪とみなし、最高で無期懲役を科すとしている。そして中国大陸側の保安担当者が香港で合法的に活動することを認めている。
これにより、中国中央政府はこれまでになかった広範な権力を得ることとなる。法制度をはるかに超えて、香港での生活を形作る。
曖昧な表現
アメリカと香港の法律専門家チーム「NPCオブザーバー」の分析では、同法には懸念すべき点が多数特定された。
同チームのウェブサイト上の投稿によると、「新法の刑事規定は、これまで保護されているとされてきた言論を広く網羅するような、広範な言葉で表現されている」という。
おそらく、新法第29条はこの幅広い言い回しの一例と言える。
第29条には、外国人と共謀して中国中央政府あるいは香港当局への「憎悪」を誘発する行為は犯罪とみなされる可能性があるとある。
これには中国共産党に対する批判も含まれるのだろうか。
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香港の鄭若驊(テレサ・チェン)法務長官は1日の記者会見で、この規定が何を意味しているのか正確に定義するよう求められたが、明確に答えられなかった。
第55条にも曖昧な表現が含まれている。
中国大陸側の保安当局者に対し、「複雑」で「深刻」あるいは「難解」な国家安全保障事件の一部を調査する権限を与えると書かれている。
NPCオブザーバーが指摘するように、第55条の表現も「非常に主観的で柔軟」に解釈できるものだ。
陪審員抜きの非公開裁判も
複数の人権団体は、新法がこれまで与えられていた被告人の保護を損なっているようだと指摘している。
新法では、裁判が非公開で行われたり(第41条)、陪審員なしで行われたり(第46条)する可能性があるという。また裁判官は、中国に対して直接的な責任を負う香港特別行政区行政長官が任命できる(第44条)。
また、容疑者は保釈されないとある(第42条)。容疑者の拘束期間についても制限がないようで、事件は「しかるべきタイミングで」処理されるべきだとだけ記されている。
捜査から判決、処罰に至るまでの全てを、中国大陸の当局が引き継ぐこともできる(第56条)。
海外の外国人が逮捕される恐れも
香港に居住していない外国人が起訴される可能性もある(第38条)。
中国問題に焦点を当てたブログ「チャイナ・コレクション」に投稿しているドナルド・クラーク氏は、チベット独立を提唱する米紙コラムニストが新法違反になる可能性もあるとしている。
「もしあなたが中華人民共和国あるいは香港当局の機嫌を損ねるような発言をしたことがあるなら、香港には近づかないように」と、クラーク氏はつづった。
「中国側には手が出せない」
米ジョージ・ワシントン大学ロー・スクール教授のクラーク氏は、最大の懸念は国安法が確立した制度やプロセスだと述べた。
同法は中国が香港に国家安全保障を守るためのオフィスを設立し、中国大陸側の法執行官を配置することを認めている。
第60条は、そうしたオフィスで働く者は香港の法律を順守しなくてよいと、はっきり示している。また、「調査や捜索、拘留」の対象にはならないとしている。
クラーク氏の指摘通り、「中国側の人間には手が出せない」ということだ。
香港の民主派議員、毛孟靜(クラウディア・モウ)氏は、国安法の目的は「香港に衝撃を与えて消滅させる」ことだと述べた。
「市民はぼうぜん自失になり、おびえ、脅迫されて、反対の立場で何かを言ったり行動したりする勇気を失うだろう」
もちろん、中国中央政府がこう言っているわけではない。
中国・国務院香港マカオ事務弁公室の張曉明副主任は1日、新法は香港に安定を取り戻すのに役立つだろうと述べた。
国安法によって、香港はより中国の法律や手続き、慣行に従う場所になるだろう。
この法が必要だったと思うかどうかはともかく、その影響の大きさを否定するのは不可能だ。香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が言うように、これは転換点だからだ。